ストリーミングのためのラウドネス正規化 — 音楽制作者のための技術リファレンス
マスターのラウドネスはいくつにすべきか
トゥルーピーク(true peak)の上限を −1 dBTP に固定し、インテグレーテッド・ラウドネス(integrated loudness、統合ラウドネス)は音楽の側が決めた値をそのまま受け入れる。これが答えのすべてである。公表された目標値が欲しいなら、AES TD1008 はトラック単位で正規化される音楽に −16 LUFS を推奨しており、Spotify は再生時に −14 LUFS へ正規化する。現行の商業マスターの多くは −14〜−9 LUFS のあたりに落ちるが、これは現在の慣行の観測であって仕様ではなく、どのサービスもその範囲に入れろとは要求していない。Spotify はトゥルーピークを −1 dBTP 未満、マスターが −14 LUFS より大きい場合は −2 dBTP 未満にすることを求めている。主要サービスはすべて大きいマスターを再生時に下げるので、−5 LUFS のマスターが −14 LUFS のマスターより大きく鳴ることはない。同じ音量で、ダイナミクス(dynamics、強弱の幅)だけが少ない状態で鳴る。上限を −1 dBTP に決め、完成したマスターでインテグレーテッド値を測り、トランジェント(transient、立ち上がり)が潰れ始めたところで手を止める。正しい数値は存在しないが、正しい手順は存在する。
日本の音圧競争 — なぜ合理的だったのか、なぜ今は自滅なのか
日本は世界でもっとも音圧(average level/perceived level)の高いマスターを作る市場のひとつだと、国内外のマスタリングエンジニアの間で長く言われてきた。これは公表された統計ではなく業界内の観測であり、本稿でもそれ以上の主張はしない。しかし観測が正しいとして、なぜそうなったのかは技術的にきれいに説明できるし、その説明こそが「今はもうやめてよい」という結論の根拠になる。
レーベル名も作品名も出さずに、当時の判断構造だけを見る。重要なのは、当時の音圧競争は非合理な見栄ではなく、再生環境から導かれる合理的な選択だったということだ。
CD には正規化が存在しなかった
CD プレーヤーは、次のトラックを再生するときにラウドネスを測らない。ディスクに刻まれた PCM をそのまま DAC に送るだけである。したがって、リスナーがボリュームノブに触らない限り、平均レベルの高いマスターは文字どおり大きく鳴った。CD チェンジャー、店頭試聴機、レンタル店の視聴コーナー、そして何より他社作品と連続して再生されるコンピレーション。どれも「隣の曲より小さく聞こえたら負け」という条件が物理的に成立していた。ラウドネス正規化のない世界では、平均レベルはそのまま競争変数だったのである。
カラオケの再生系
通信カラオケの再生は、システム側で固定されたレベルで伴奏を鳴らし、その上にマイクの音声をミキシングして客席に返す。部屋には残響があり、周囲は騒がしく、歌い手のマイクゲインは店側の設定に従う。この条件下では、平均レベルが高く密度の詰まった伴奏のほうが、歌声に負けず、ノイズフロアの上にしっかり立つ。ダイナミックレンジの広い伴奏は、静かな部分が環境騒音に沈み、大きな部分だけが飛び出す。カラオケという再生系は、密度の高いマスターに報酬を与える系だった。
地上波ラジオの送信処理
FM・AM の送信チェーンには、変調度を守るための放送用プロセッサーが入っている。このプロセッサーは入ってきた素材を強くコンプレッションし、レベルを一定に均す。ここに広いダイナミクスを持つマスターを入れると、プロセッサーが大きく動き、ポンピングや音色変化が起きる。逆に、すでに密度が詰まったマスターはプロセッサーがあまり動かないので、スタジオで意図した音色のまま電波に乗る。つまり「先に自分で潰しておけば、放送局に潰され方を決められずに済む」という、送信側の挙動を先回りした合理的な判断が存在した。車載ラジオでの存在感も同じ理屈で説明できる。
そして、正規化のあるサービスで何が起きるか
ここまでの三つの合理性は、すべて「再生系が入力レベルを測らない」ことに依存している。ストリーミングサービスは測る。したがって前提が消え、結論が反転する。
算術で確認する。J-POP のマスターが −5 LUFS で仕上がっているとしよう(日本の商業マスターとして極端な値ではない)。Spotify の目標は −14 LUFS である。
- 適用されるゲインは −14 −(−5)= −9 dB。再生時にこのトラックは 9 dB 下げられる。
- このマスターは −14 LUFS より大きいので、Spotify の要求どおりピーク上限は −2 dBTP のはずである。ピークは再生後 −11 dBTP に着地する。
- クレストファクター(crest factor、波高率)で見ると、−5 LUFS/−2 dBTP のマスターの PLR(ピーク・トゥ・ラウドネス比)は 3 LU。
- 同じミックスを −14 LUFS/−1 dBTP で仕上げたマスターの PLR は 13 LU。
- 再生後、両者のラウドネスは同一である。違いは 10 LU 分のクレストファクターが、片方には存在し、片方には存在しないことだけだ。
ラウドネス正規化は、音圧競争をダイナミックレンジ競争に変換する。そして最も大きいマスターが自動的に負けるルールになっている。これは趣味の問題ではなく引き算である。9 dB のリミッティング(limiting、ピーク抑制)で稼いだ音圧は再生時に全額返却され、返却されないのはトランジェントの損失だけだ。
CD 時代の判断は正しかった。同じ判断を今のストリーミングに持ち込むことだけが誤りである。この区別をつけないまま「日本のマスターは音圧が高すぎる」と言うのは、歴史に対しても不誠実だし、説得力もない。
LUFS は何を測っているのか
LUFS は Loudness Units relative to Full Scale。LKFS(Loudness, K-weighted, relative to Full Scale)は同じ単位の別名で、ITU の文書は LKFS、EBU の文書は LUFS を使う。数値としては完全に同一である。LU は dB と同じ大きさの単位(1 LU = 1 dB)だが、LUFS は絶対尺度、LU は相対尺度である。「+3 LU」と「+3 dB」は同じ量を指すが、「−14 LUFS」と「−14 dB」はまったく別物を指す。
ITU-R BS.1770 が定義する測定は RMS でもピークでもない。フィルタを通した信号の二乗平均を、チャンネルごとの重みをつけて合計し、時間方向にゲート(gate、区間の足切り)をかけたものだ。単純な RMS メーターとの違いは三つ — K特性フィルタ、チャンネル合算、ゲート。誤解のほぼすべてはフィルタとゲートに集中している。
K特性 — 二段のフィルタ
K特性(K-weighting)は、各チャンネルに二乗平均を取る前に適用される、二次セクション二段のカスケードである。
第一段:ヘッドフィルタ。 高域を持ち上げるハイシェルフ(公表されている 48 kHz 係数:b0 = 1.53512485958697, b1 = −2.69169618940638, b2 = 1.19839281085285, a1 = −1.69065929318241, a2 = 0.73248077421585)。音場に置かれた頭部の音響的影響 — 正面から到来する高域に対して、裸のマイクよりも人間の聴取者が敏感になる回折と遮蔽 — をモデル化している。
第二段:RLB ハイパス。 Revised Low-frequency B-curve。低域を落とすハイパスで、低い周波数がそのエネルギーほどには知覚ラウドネスに寄与しないことを反映している。これが、超低域の量が多いトラックがクラブで感じるほど大きく測定されず、エンジニアの予想より小さい値を返す理由である。
1 kHz における K特性カーブのゲインは +0.698 dB、線形で 1.0836 倍。これは恣意的な定数ではなく、シェルフとハイパスの 1 kHz における応答から出てくる値だ。チェーン全体の実用的な帰結として、ステレオペアの片チャンネルにフルスケールの 1 kHz 正弦波を入れると −3.01 LKFS を示す。BS.1770-5 の記述どおりであり、この −3.01 は「二つのうち一つのチャンネル」の合算によるもので、フィルタによるものではない。
なぜこの曲線なのか
重み付けのない RMS メーターは、同じ振幅の 40 Hz 正弦波と 3 kHz 正弦波を「同じ大きさ」と判定する。同意するリスナーは一人もいない。K特性は等ラウドネス特性のきわめて粗い近似であり、フレッチャー・マンソン曲線よりずっと単純で、しかも意図的に単純にしてある。独立に実装された複数のメーターが 1 LU の何分の一かの精度で一致するためだ。K特性は聴覚を正確にモデル化しようとしたものではなく、世界中のあらゆるメーターで同一にモデル化しようとしたものであり、だからこそ機能している。
どの版が現行か
BS.1770 には六つの版がある(2006, 2007, 2011, 2012, 2015, 2023)。BS.1770-4(2015年10月)は現在も多くのメーターが引用している版だが、すでに廃止(supersede)されている。現行は BS.1770-5(2023年11月)である。本稿で述べる仕組み — 二段フィルタ、400 ms ブロック、二つのゲート、4倍オーバーサンプリング(oversampling、標本化周波数を上げて内挿すること)の下限 — はすべて公開されている BS.1770-5 に照らして確認した。手元のメーターが「BS.1770-4 準拠」と表示していても測定結果が変わるわけではないが、仕様を参照するときは -5 を見ること。
二つのゲート — ここが一番よく間違われる
ゲートは仕様のなかで最も頻繁に誤って説明される部分であり、それは信頼できる情報源においてすら起きている。インテグレーテッド・ラウドネスは二重にゲートされた測定である。
手順1:ブロックに分ける
信号を 75% オーバーラップの 400 ms ゲーティングブロックに分割する。400 ms ブロックの 75% オーバーラップとは、100 ms ごとに新しいブロックが始まるということだ。各ブロックが自分自身の K特性二乗平均ラウドネス値を持つ。オーバーラップは装飾ではない。ブロック境界をまたぐ大きな事象が分断されて過小評価されるのを防いでいる。
手順2:絶対ゲート
−70 LKFS を下回るブロックはすべて破棄され、以後の計算に一切参加しない。これによりデジタル無音、フェードの尻尾、部屋のノイズ、曲間が除去される。長い無音のアウトロを持つ曲が、それを削った同じ曲より小さく測定されることはない。
手順3:相対ゲート — 誤記の温床
絶対ゲートを生き延びたブロックの平均ラウドネスを計算する。そこから 10 を引く。それが相対しきい値である。このしきい値を下回るブロックを破棄する。インテグレーテッド・ラウドネスは、両方のゲートを生き延びたブロックの平均だ。
区別は重要で、そしてよく失われる。相対ゲートは「絶対ゲート後の平均」の 10 LU 下であって、「ファイル全体のゲートなしの平均」の 10 LU 下ではない。BS.1770-5 は、相対しきい値が絶対ゲート測定の結果「から 10 を引く」ことで得られると明記している。−70 LKFS 未満のブロックを含めた全ブロックで平均を取ると、平均が下がり、しきい値が下がり、より多くの静かなブロックが通り、インテグレーテッド値が低く出る。しかもその誤差はファイル中の無音の量に比例して大きくなる。同じトラックで二つのメーターが食い違う最大の原因がこれである。
−10 LU 相対ゲートの聴感上の帰結は覚えておく価値がある。あなたのトラックのインテグレーテッド・ラウドネスは、実質的に「大きい部分の平均」であって「曲全体の平均」ではない。囁くような 40 秒のイントロと壁のようなサビを持つ曲は、ほぼサビだけで測定されている。完成したマスターに静かなイントロを足してもインテグレーテッド値がほとんど動かないのはこのためであり、動くと思っていたエンジニアが驚くのもこのためだ。
モーメンタリー、ショートターム、インテグレーテッド
三つの時間窓が標準化されており、それぞれ別の問いに答える。メーターの挙動は EBU Tech 3341 が定義している。
モーメンタリー(M)— 400 ms、ゲートなし。 ゲーティングブロックと同じ窓。個々の事象を追う — スネア、子音、頭拍。見つけるために使う。周囲より 6 LU 突出しているキック、飛び出しているセクション。レベル判断には使わない。反応が速すぎるし、モーメンタリーメーターを追いかけると、正規化が罰するタイプの過剰圧縮がそのまま出来上がる。
ショートターム(S)— 3 秒、ゲートなし。 3 秒はおおよそ一フレーズ。曲の内部のバランス判断に正しいメーターはショートタームである。リスナーがあるセクションを「大きい/小さい」と知覚する時間スケールが 3 秒だからだ。A メロとサビの比較、間奏が痩せていないかの確認、編曲の形を数値として見ること。
インテグレーテッド(I)— 番組全体、二重ゲート。 サービスが正規化の基準にする数値であり、納品仕様に書いてよい唯一の数値。曲の最初のサンプルから最後のサンプルまで通して測る。選択範囲ではない。インテグレーテッド・ラウドネスは納品仕様であって、ミックスの道具ではない。作業中にこれを見ているなら、見るメーターを間違えている。
実務規則:ショートタームで作り、インテグレーテッドで検証し、異常はモーメンタリーで追う。
ラウドネスレンジ(LRA)と −20 LU ゲート — 雅楽という極端な例
ラウドネスレンジは EBU Tech 3342 が規定する、トラックのラウドネスが時間方向にどれだけ変動するかを表す単一の数値である。ショートターム(3 秒)ラウドネス値の分布から計算され、LRA はその分布の 10 パーセンタイルと 95 パーセンタイルの推定値の差として定義される。両端の一瞬の極値が結果を支配しないのはこのためだ。
LRA は独自のゲートを持ち、それはインテグレーテッドのゲートと同じではない。Tech 3342 は LRA の相対しきい値を、絶対ゲート後のラウドネスレベルの −20 LU 下に置く。−10 LU ではない。この広いゲートは意図的なものだ。LRA は変動を記述しようとしているのだから、インテグレーテッド測定が排除するように設計されている静かな部分を、むしろ取り込まなければならない。
これは理論上の話ではなく、実際に存在する実装バグである。インテグレーテッドの −10 LU 相対ゲートを LRA にも流用しているメーターは、系統的に小さすぎる値を報告する。レンジを構成しているはずの静かな素材を、まさに捨てているからだ。同じファイルで自分のメーターの LRA が他のメーターより明らかに小さいなら、最初に疑うべきは「−20 LU であるべきところに −10 LU が入っている」ことである。自分で試せる。曲本体より 15 LU 低い素材を 20 秒足す。正しい実装では LRA が大きく上がり、壊れた実装ではほとんど動かない。
雅楽:LRA の極値ケース
このバグが最も残酷に現れる素材が雅楽である。管絃の演奏を考える。笙(しょう)の合竹(あいたけ)は、複数の竹管による持続的なクラスターを、ほとんど一定のレベルで、しかも呼気と吸気の両方で途切れさせずに鳴らし続ける。そのレベルは全体から見て低い。その持続音の上に、龍笛の旋律が入り、篳篥が主旋律を張り、そして鞨鼓(かっこ)の来(らい)や楽太鼓(がくだいこ)の一撃が来る。楽太鼓の一撃と、笙のクラスターだけが鳴っている区間との差は、ショートタームで 20 LU を超えることが珍しくない。
ここで二つのことが起きる。
第一に、インテグレーテッド・ラウドネスはこの曲をほとんど記述しない。−10 LU 相対ゲートは、笙のクラスター区間の大半を計算から追い出す。序破急の「序」— 拍節から自由な、極端に静かな導入部 — はほぼ丸ごと消える。インテグレーテッド値は、打楽器と管の強奏部分の平均に近い値になる。これは仕様どおりの動作であって、バグではない。ただし、この数値を根拠に「雅楽の録音は音圧が足りない」と判断するのは、測定の意味を取り違えている。
第二に、LRA こそがこの録音を記述する数値であり、そしてそれを正しく出せるメーターかどうかがここで露見する。−20 LU ゲートなら笙の持続区間は分布に残り、LRA は 15〜20 LU あるいはそれ以上を返す。−10 LU ゲートの壊れた実装では、笙の区間が落ちて、LRA が 8 LU 前後に縮む。同じファイル、同じ演奏、まったく違う結論。雅楽は、この実装差を検出するための実質的なテスト信号として使える。
目安として(目標ではない):強くリミッティングされた電子音楽やポップスのマスターは 3〜5 LU、よく整理されたフルバンドのミックスは 6〜9 LU、管弦楽やアコースティック録音は 12 LU 超がよくある値である。雅楽や、間の長い邦楽独奏はさらに上に出る。LRA は記述的な数値であり、特定の LRA を狙うことは特定の LUFS を狙うのと同じくらい筋が悪い。
トゥルーピークとサンプルピーク — 和太鼓という教科書的事例
違い
サンプルピークメーターは、ファイル中の最大絶対サンプル値を報告する。それは信号が到達する最大値ではない。サンプルは連続波形上の点であり、二つのサンプルの間で波形は両方より高く上がりうる。再構成されたアナログ波形はファイル中の最大サンプルを超えうるし、サンプルピークメーターはそれを構造的に見ることができない。この超過分がインターサンプルピーク(inter-sample peak、標本間ピーク)であり、再構成波形のレベルがトゥルーピーク、単位は dBTP である。
サンプルが −0.1 dBFS で頭打ちになっている「デジタル的に安全な」ファイルが、0 dBTP を大きく超えるトゥルーピークを持つことがある。ファイル内では何もクリップしていない。波形を再構成する下流のすべて — DAC、サンプルレートコンバーター、非可逆コーデックのデコーダー — がそれをクリップしうる。
大太鼓:インターサンプルピーク発生装置
世界中の音楽素材のなかで、和太鼓ほど暴力的なトランジェントを出すものは多くない。とくに大太鼓(おおだいこ)の一撃は、インターサンプルピークの教科書的な発生源である。理由は三つ重なっている。
第一に、立ち上がりが速い。 撥が皮に当たった瞬間の圧力上昇はミリ秒未満で、波形上は孤立した鋭いスパイクとして現れる。孤立して急峻な波形ほど、サンプル点の間に真のピークが隠れる確率が高い。周期的な正弦波と違い、こうした単発の衝撃波形ではサンプル点が頂点を捉える保証がまったくない。
第二に、エネルギーが低域にある。 大太鼓の基本的な胴鳴りは数十 Hz にあり、そこに広帯域のアタックが乗る。ここで K特性の RLB ハイパスが効いてくる。RLB は低域を割り引くので、大太鼓のエネルギーはラウドネスメーターにほとんど反映されない。結果として何が起きるか — メーターを見ながら作業しているエンジニアは、「太鼓を上げてもインテグレーテッドが動かない」ので、動くまで上げる。ラウドネスメーターは静かなまま、トゥルーピークだけが天井を突き破る。大太鼓は、ラウドネスメーターが最も嘘をつく素材である。
第三に、非可逆エンコードがそれを増幅する。 AAC、Ogg Vorbis、MP3 は波形をサンプル単位で再現しない。知覚的に似た波形を再現するのであって、デコーダーの出力はエンコーダーの入力を日常的にオーバーシュートする。このオーバーシュートは欠陥ではなく、スペクトル情報を量子化・破棄することの避けがたい帰結であり、元素材がどれだけ強くリミッティングされていたかに比例して大きくなる。ちょうど 0.0 dBTP のマスターは、デコード後に 0 dBFS を超えるピークを持ち、デコーダーがそれをクリップする。大太鼓の一撃は、まさにこのオーバーシュートが最大化される形をしている。
実務上の帰結は単純だ。和太鼓を含むマスターでは、サンプルピークメーターは役に立たない。トゥルーピークモードのないメーターは、マニュアルに何と書いてあろうとサンプルピークメーターである。
締太鼓の合奏:リミッターが泥にする素材
もう一方の極が締太鼓(しめだいこ)の合奏である。締太鼓は皮を強く締め上げた高音の太鼓で、アタックは 1〜2 ms、減衰も速い。合奏では複数の奏者が高速で打ち込み、地(じ)を刻む打点と装飾の打点が重なる。ここで何が起きるか、具体的に見る。
打点が 80 ms 間隔で来るとする(毎分 750 打相当、締太鼓の刻みとして特別速くはない)。リミッターのリリースを 50 ms に設定し、各打点で 6 dB のゲインリダクションがかかるとする。一見、リリース 50 ms < 間隔 80 ms なので回復しそうに見える。しかし実際のリミッターのリリースは指数的で、50 ms は時定数であって完全復帰時間ではない。加えて合奏では打点が完全には揃わず、奏者ごとに数ミリ秒ずれた打点が連続して入る。結果として、ゲインリダクションは 0 dB に戻る暇がない。メーターは常時 3〜5 dB 引かれた状態で張り付く。
その状態で失われるのは、音量ではなく打ち分けである。締太鼓の技術の中身は、強打と弱打、正面打ちと縁寄りの打点、連打の中の粒立ちの差 — つまり打点ごとのレベル差そのものだ。恒常的にゲインリダクションがかかっている系では、強い打点ほど強く引かれ、弱い打点はあまり引かれない。強弱の差が能動的に潰される。個々の打点は分離しなくなり、合奏は連続した「ザーッ」という帯域ノイズに近づく。これがリミッターが締太鼓を泥(mush)にする機構である。
しかも正規化下では、この破壊に対して何の見返りもない。潰して稼いだ音圧は再生時に返却される。残るのは、打ち分けが消えた合奏だけだ。
尺八・箏・三味線 — アタックと減衰が演奏そのものである楽器
邦楽器の多くは、持続音ではなくアタックと減衰の形に演奏情報を載せている。ここが西洋の持続系楽器と決定的に違い、そしてリミッティングが最も高い代償を要求する場所でもある。
三味線のさわり
さわりは、一の糸が上駒を通らず棹に触れることで生じる、意図的なビビり音である。倍音の非調和成分が持続的に付加され、音が「ジーン」と伸びる。これは雑音ではなく信号である。さわりの有無、深さ、どの音でどれだけ鳴るかは、楽器の調整と奏者の判断の産物であり、津軽三味線でも地歌でも、その音色の同一性を担っている。
そして、さわりはレベルが低く、帯域が高く、持続的という三重の条件を満たす。これはマスタリングで最も失われやすい成分の組み合わせだ。リミッティングでトラック全体の密度が上がると、さわりは周囲の密度に埋もれる。さらに非可逆コーデックは、低レベルの非調和高域成分を「マスキングされている」と判断して真っ先に捨てる。元のマスターの密度が高いほど、コーデックはさわりを捨てやすくなる。
加えて撥(ばち)のアタックがある。三味線の一音は、弦の振動であると同時に、撥が皮を叩く打楽器音でもある。つまり一音ごとに小さな太鼓が入っている。この打点成分は短く鋭く、リミッターが真っ先に削る。削ると何が起きるか — 三味線がピックで弾いたナイロン弦のような、ただ音程を出すだけの楽器になる。
箏の爪と減衰
箏の一音は、爪が弦を離れる瞬間の非常に短い広帯域のクリックと、その後の長い減衰でできている。ソロで測ると、一音の PLR は 20 dB を超えることが珍しくない。ここにリミッターをかけると、削られるのはアタック側だけで、減衰側は残る。結果として音の包絡(エンベロープ)が反転に近い形に潰れ、爪の当たりの硬さ、押し手や引き色の直前の音量、余韻の長さの対比といった、演奏の情報が平坦になる。
箏はまた、共鳴の長い楽器である。一音の減衰が次の音に重なる。この重なりの中で、どの音がまだ鳴っているかが聞こえることが演奏の質そのものだが、恒常的なゲインリダクションはこの重なりを一様な持続音に均してしまう。
尺八のムラ息
尺八の音には、必ず息の音が含まれる。ムラ息は意図的に強調された呼気ノイズだが、そこまで極端でなくとも、歌口に息が当たる広帯域ノイズは常に鳴っている。これは信号である。尺八の音色は、正弦波的な基音と息のノイズの比率で決まり、その比率を演奏中に変えることが表現の手段になっている。首振り(メリ・カリ)による音程と音色の変化も、この比率の変化を伴う。
過剰なリミッティングはこの比率を二方向から壊す。ひとつは、音の立ち上がりにある「当たり」の打音成分を削ること。もうひとつは、トラック全体の平均レベルを持ち上げることで、静かな区間の息のノイズを相対的に前に出しすぎ、逆に強奏部では潰してしまうこと。息の音は、大きくすれば聞こえるものではなく、正しい比率で存在していなければならない。
これらすべてに共通する結論はひとつだ。邦楽器の録音において、リミッターが取り去るのは「余分な音量」ではなく「演奏の内容」である。そして正規化下では、その取引で得られるものが何もない。
日本の放送規定 — ARIB TR-B32 は音楽配信の目標値ではない
日本の制作者、とくにテレビのタイアップ、劇伴、CM 音楽も手がける人にとって、この節は実務的にいちばん重要かもしれない。日本のテレビ放送には、ARIB が定めたラウドネスの運用規定が存在する。そしてそれはストリーミング音楽の目標値ではない。両者を混同している例は珍しくない。
ARIB TR-B32「デジタルテレビ放送番組におけるラウドネス運用規定」は、公開されている 1.0 版(平成23年3月28日策定)において次のように定めている。
「ターゲットラウドネス値の値は-24LKFS とする。」(2.1.4)
「番組の平均ラウドネス値の、運用上の許容範囲は、ターゲットラウドネス値±1dB とする。」(2.1.5)
「トゥルーピークメータでの最大許容値は-1dBTP とする。」(2.2.4)
「サンプルピークメータで運用する場合の最大許容値は-3dBFS とする。」(2.2.5)
ARIB 自身の文書概要によれば、TR-B32 は「デジタルテレビ放送における番組平均ラウドネス値およびトゥルーピーク値の運用」を対象とし、デジタルテレビで制作・伝送・放送される完パケ番組の音声信号に適用される。現行版は 1.6 版(2025年3月25日)である。本稿で引用した条文は公開されている 1.0 版のものであり、最新版の条文を確認する場合は ARIB Web Store で頒布されている版を参照されたい。
なぜ混同が危険なのか
−24 LKFS は −14 LUFS より 10 LU 小さい。テレビ納品用に −24 LKFS で仕上げたマスターを、そのままストリーミングに出すとどうなるか。
素朴には「Spotify が +10 dB 上げてくれる」と考えたくなる。それは正しくない。Spotify は正のゲインを適用すると明記している一方で、同時にこう述べている — 「We consider the headroom of the track, and leave 1 dB headroom for lossy encodings to preserve audio quality.」(トラックのヘッドルームを考慮し、非可逆エンコードのために 1 dB のヘッドルームを残す。)
TR-B32 準拠のマスターはトゥルーピーク上限が −1 dBTP である。つまりピークはすでに −1 dBTP まで来ている。ここから 1 dB のヘッドルームを残すという条件を満たしながら持ち上げられる量は、実質ゼロに近い。結果として、−24 LKFS のマスターはストリーミングで目標値まで上がりきらず、他の楽曲より明らかに小さく再生される。放送では完全に正しいマスターが、配信では小さいだけのマスターになる。
ここから導かれる実務規則は明確だ。
- 放送納品とストリーミング配信では、別のマスターを作る。これは本稿が「サービスごとに別マスターを作る必要はない」と述べていることと矛盾しない。ストリーミングサービス同士の差は 2 LU 程度だが、放送とストリーミングの差は 10 LU あり、質的に別のカテゴリである。
- TR-B32 は「番組」の運用規定であって、音楽作品の仕様ではない。番組平均ラウドネスは、ナレーション、効果音、無音を含む番組全体に対して定義されている。同じ枠組みを 4 分の楽曲単体に適用する根拠はない。
- EBU R 128 の −23 LUFS も同様に放送の値である。日本の TR-B32 が −24 LKFS、欧州の R 128 が −23 LUFS と 1 LU 違うのは、それぞれの放送運用の事情によるもので、どちらも音楽配信とは無関係である。
放送の仕事とストリーミングの仕事を両方している人は、この 10 LU の段差を意識的に管理する必要がある。逆に、ストリーミングしかやらない人が TR-B32 を気にする理由は何もない。
各サービスが実際に公開している数値
公開されている(published)のか、広く報告されている(widely reported)だけなのか。この区別がこの節で最も重要であり、この話題を扱う記事のほとんどがこの区別を維持していない。
公開されている仕様
Spotify。 目標値:インテグレーテッド −14 LUFS。Spotify はトラックを「−14 dB LUFS」に調整し、「ITU 1770 標準に従って」測定すると述べている。トゥルーピーク上限:−1 dBTP 未満、−14 LUFS より大きいマスターについては −2 dBTP 未満。さらに Spotify は「positive gain is applied to softer masters so the loudness level is −14 dB LUFS」(小さいマスターには正のゲインが適用され、ラウドネスレベルが −14 dB LUFS になる)と述べる一方、それを「We consider the headroom of the track, and leave 1 dB headroom for lossy encodings to preserve audio quality.」という条件で限定している。したがって「小さいマスターは上げてもらえない」も誤り、「小さいマスターは必ず目標値まで上がる」も誤りである。上がるが、ヘッドルームの制約を受ける。アルバム正規化については、アルバムを一つの単位として正規化することで「the softer tracks are as soft as you intend them to be」(静かなトラックが意図どおり静かに保たれる)と述べている。アルバム内のトラック間の相対レベルは保存される。
EBU R 128。 目標値:−23 LUFS。これは放送の勧告であってストリーミング音楽の目標値ではない。前節の TR-B32 と同じ理由で、日常的に誤用されているため本稿に含めている。
AES TD1008(Recommendations for Loudness of Internet Audio Streaming and On-Demand Distribution)。音楽制作者にとって最も有用な公開文書であり、同時に最も誤って引用されている文書でもある。
- トラック正規化される音楽:−16 LUFS、許容差 +0.2 LU。
- アルバム正規化、最も大きいトラック:−14 LUFS、許容差 +0.2 LU。
- 音声主体のコンテンツ:−18 LUFS、許容差 +1 LU、ダイアログ・インテグレーテッド・ラウドネスとして測定。
- 最大トゥルーピーク:非可逆エンコードされるストリームについてコーデック入力で −1 dBTP。
TD1008 の −18 LUFS は音声主体コンテンツ — ニュース、トーク、ドラマ — の目標値であり、これを音楽の目標値として引用するのはよくある、そして重大な誤りである。音楽の値は −16 LUFS だ。−18 LUFS が AES の音楽推奨値として提示されているのを見たら、その情報源は文書を読み違えている。
TD1008 はダイナミクスについて明示的な主張もしており、引用に値する — 「A recording with high peak to loudness ratio (PLR) is often perceived as clearer and less fatiguing than one that has been excessively peak-limited.」(PLR の高い録音は、過度にピークリミッティングされたものより、明瞭で疲れにくいと知覚されることが多い。)
正規化目標値を公開していないサービス
Apple Music、YouTube Music、Amazon Music、TIDAL、Deezer は正規化目標値を公開していない。正規化していることは観測できるが、具体的な数値は公開された仕様ではなく、それを仕様として提示している記事は、測定値ないし推測を文書であるかのように提示している。
よく流通している数値は、Apple ≈ −16 LUFS、YouTube Music ≈ −14 LUFS、Amazon Music ≈ −14 LUFS、TIDAL ≈ −14 LUFS、Deezer ≈ −15 LUFS。これらは広く報告されているが、サービスによって公開されたものではない。動く標的に対する第三者の観測として扱うべきで、仕様として扱ってはならない。独立した測定に由来し、時とともに変化しており、どのサービスもこれらにコミットしていない。これらの数値から想定される再生ゲインを計算してはならないし、これらを目標にマスタリングしてもならない。
実務上の帰結は見た目より小さい。報告されている値はすべて −16 から −14 LUFS の間にあり、幅は 2 LU である。2 LU のためにマスターを作り直す価値のある作品は存在しない。
実務的な指針
目標値の決め方
数値から前に進むのではなく、音楽から後ろに戻る。
- 上限を先に固定する。 −1 dBTP、トゥルーピーク、オーバーサンプリング。これは交渉の余地のない、リストの中で唯一の本当に硬い制約である。
- 音楽のためにマスタリングする。 リミッターの仕事を可能なかぎり少なくして、バランス、音色、ダイナミクスを合わせる。この段階でインテグレーテッドメーターを見ない。
- 結果を測る。 到達したインテグレーテッド値が、そのまま候補値である。
- レンジを検算する。 インテグレーテッド値がおおよそ −14 から −9 LUFS の間なら、公開された目標値も報告されている値も数 LU 以内に収まる範囲におり、どのサービスも劇的なことはしない。−9 LUFS より大きいなら、そのリミッティングが何を買ったのかを自問すること。再生時の正規化がレベルを回収するからだ。
- その上ではじめて調整を検討する。調整はリミッティングを足すことではなく、マスタリングを変えることで行う。
メーターが正しい値を示すまでリミッティングを足して LUFS を狙いにいく行為は、正規化がまさに無意味化するために設計された振る舞いそのものである。数値を動かす必要があるなら、ゲインステージング、ミックスの判断、あるいはコンプレッションを減らすことで動かす。
ジャンルの差は単一の数値では表現できない。密度の高い電子音楽、メタル、現代のポップスのマスターが −10〜−8 LUFS に落ちるのは素材が本質的に持続的だからであり、ジャズ、フォーク、管弦楽が −18〜−13 LUFS に落ちるのは持続的でないからだ。どちらも正しい。誤りなのは −16 LUFS のフォーク作品ではなく、−8 LUFS まで潰されたフォーク作品のほうである。邦楽・純邦楽の録音であれば、さらに静かな値に落ちて当然であり、それは欠陥ではない。
すでに潰してしまったマスターがある場合
完成した、強くリミッティングされたマスターがあり、ここまで読んでしまった。正直な選択肢は三つ、望ましい順に。
ミックスからやり直す。唯一の本当の解決である。ピークリミッティングは可逆ではない。取り去られたトランジェントはファイルの中にない。ミックスがあるなら、リミッターを戻して再レンダリングする。
上限だけ下げて、あとは触らない。マスターしかなく、そのトゥルーピークが −1 dBTP を超えているなら、トゥルーピークリミッティングかクリップセーフなゲイン調整で −1 dBTP に収め、そこで止める。これは納品上のエラーを直すもので、ダイナミクスを直すふりはしていない。
何もしない。−1 dBTP の上限を持つ −8 LUFS のマスターは、壊れてはいない。他のすべてと同じレベルで再生され、可能だったよりわずかに平坦なだけだ。実在するコストではあるが、慌てた作り直しのコストより小さい。過剰なリミッティングは欠陥ではなく、逃した機会である。ファイルは再生される。ただ、そうできたほどよくは再生されない。
ダイナミクスとレベルを混同しない
頭の中で分けておくこと。ほとんどの悪い判断の出どころがこの混同である。
レベルはトラック全体がどこに座るか。単一の数値であり、フェーダーで設定でき、コストはゼロで、正規化下ではあなたではなくサービスが選ぶ。
ダイナミクスは大きい部分と小さい部分の関係である。瞬間ごとの関係(クレストファクター、PLR)と、セクション間の関係(LRA)の両方。作るのにコストがかかり、リミッティングで破壊され、下流で復元できない。
もうレベルで競争していない — サービスがそれを決める — のだから、レベルに費やすデシベルはすべて、リスナーには見えない予算から支出されている。ラウドネス正規化は、大きく聞こえるレコードを作る能力を奪ってはいない。大きくすることによってそれを作る能力を奪っただけだ。知覚される強度は、いまや編曲の密度、トランジェントの対比、低中域の重み、セクション間の落差の大きさから来る — −9 dB の再生ゲインを通っても変わらないものたちから。
和太鼓のセクションが強烈に聞こえるのは、それが大きいからではなく、直前の締太鼓の刻みとの落差が大きいからである。この落差は正規化を通り抜ける。音圧は通り抜けない。
実際にはどうでもいいこと
- LUFS の目標値にぴったり合わせること。丸めも失格もなく、−14.0 と −13.4 LUFS の差は聞こえない。±1 LU の許容差は十分に寛大で、誰も気づかない。
- サービスごとに別マスターを作ること。公開値と報告値の幅はおよそ 2 LU である。−1 dBTP でまともなダイナミクスを持つ一つのマスターが、どこでも正しい。ただし前述のとおり、放送納品は例外で、10 LU の段差があるため別マスターが必要になる。
- 24 bit マスターのサンプルレートとディザー。ミックスのネイティブレートで納品する。アップサンプリングは何も足さないし、24 bit のディザーは流通を生き延びる何よりはるかに下にいる。
- メータープラグインのブランド。トゥルーピークモードと十分なオーバーサンプリングを備えた BS.1770 準拠のメーターは、どれも 1 LU の何分の一かの範囲で互いに一致する。食い違いはゲートかオーバーサンプリングの実装に由来するのであって、品質に由来しない。
上限は −1.0 dBTP、大きいマスターは −2.0 dBTP
リミッターのトゥルーピーク上限を、通常のマスターでは −1.0 dBTP に、インテグレーテッドが −14 LUFS より大きいマスターでは −2.0 dBTP に設定する。これは迷信的なマージンではない。どちらも上記の情報源が公開している要求であり、後者が存在するのは、より強くリミッティングされた素材ほどコーデックでのオーバーシュートが大きくなるからだ。
トゥルーピークを見るには、サンプルの間の波形を再構成しなければならない。BS.1770 はこれをオーバーサンプリングで行うことを規定しており、48 kHz で最低 4 倍、そして勧告自身が「Higher sampling rates and over-sampling ratios are preferred.」(より高い標本化周波数とオーバーサンプリング比が望ましい)と注記している。4 倍は適合の下限であって正確な答えではない。4 倍では真のピークを数十分の一 dB 過小評価しうる。メーターが対応しているなら 8 倍か 16 倍を使うこと。追加の CPU コストは些細で、追加の精度は些細ではない。和太鼓のような単発の急峻な素材では、4 倍と 16 倍の差が実際に読み取れる。
脚注を二つ。−0.1 dBTP という上限は、ストリーミングにおいては様式上の選択ではなく納品エラーである。そして −1.0 dBTP に設定されたトゥルーピークリミッターは、トゥルーピークリミッターでなければならない。多くのリミッターの上限コントロールはサンプルピークであり、それを −1.0 に設定すると、インターサンプルピークは −0.5 dBTP のどこか上に出る。
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まとめ
完成したマスターを BS.1770 準拠のメーターでインテグレーテッド測定する。トゥルーピーク上限は −1 dBTP、−14 LUFS より大きいなら −2 dBTP。バランス判断はショートタームで行い、インテグレーテッドは検証にだけ使う。インテグレーテッドの相対ゲートは絶対ゲート後の平均の −10 LU 下、LRA のそれは −20 LU 下であることを覚えておく。ARIB TR-B32 の −24 LKFS はテレビ放送の運用規定であって、配信の目標値ではない。
そして日本の制作者にとっての結論はひとつに集約される。CD とカラオケと地上波が作った音圧の合理性は、再生系が入力レベルを測るようになった時点で失効した。残っているのは、大太鼓の一撃の実際のピークを正しく測ること、締太鼓の打ち分けを潰さないこと、さわりと息の音を信号として扱うこと、そして笙のクラスターが分布から落ちていないメーターを使うことだ。レベルはサービスが決める。レベルに使うはずだった労力は、リスナーにまだ聞こえるもののほうに使う。
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出典
ITU-R BS.1770 — 測定アルゴリズム、K特性、ゲート、トゥルーピーク
- Recommendation ITU-R BS.1770-5 (11/2023), Algorithms to measure audio programme loudness and true-peak audio level(全文 PDF): https://www.itu.int/dms_pubrec/itu-r/rec/bs/R-REC-BS.1770-5-202311-I!!PDF-E.pdf
- BS.1770 勧告ページおよび版の履歴(BS.1770-0 から BS.1770-5): https://www.itu.int/rec/R-REC-BS.1770/en
EBU — 放送目標値、メーターの時間窓、ラウドネスレンジ
- EBU R 128, Loudness normalisation and permitted maximum level of audio signals(−23 LUFS): https://tech.ebu.ch/publications/r128
- EBU Tech 3341, Loudness Metering: EBU Mode metering to supplement EBU R 128(モーメンタリー 400 ms、ショートターム 3 s): https://tech.ebu.ch/publications/tech3341
- EBU Tech 3342, Loudness Range: A measure to supplement EBU R 128 loudness normalisation(−20 LU ゲート、10/95 パーセンタイル)PDF: https://tech.ebu.ch/docs/tech/tech3342.pdf
ARIB — 日本のデジタルテレビ放送のラウドネス運用規定
- ARIB TR-B32 概要ページ(一般社団法人 電波産業会、現行 1.6 版 2025年3月25日): https://www.arib.or.jp/english/std_tr/broadcasting/desc/tr-b32.html
- ARIB Web Store, TR-B32「デジタルテレビ放送番組におけるラウドネス運用規定」頒布ページ: https://webstore.arib.or.jp/jp/products/detail.php?product_id=329
- ARIB TR-B32 1.0版(平成23年3月28日策定)PDF ─ 本稿で引用した −24LKFS、±1dB、−1dBTP、−3dBFS の条文の出典: https://pro.miroc.co.jp/wp-content/uploads/2011/04/ARIB-TR-B32v1_0.pdf
AES — ストリーミングに関する推奨
- AES TD1008.1.21-9, Recommendations for Loudness of Internet Audio Streaming and On-Demand Distribution(音楽 −16 LUFS、アルバム −14 LUFS、音声 −18 LUFS、−1 dBTP)PDF: https://aes2.org/wp-content/uploads/2024/01/20210924_TD1008_v3.13.pdf
- AES TD1008 文書ページ: https://aes.org/technical-council/technical-document-aestd1008/
Spotify — 公開されている正規化仕様
- Spotify for Artists, Loudness normalization(−14 LUFS、−1 dBTP/−2 dBTP、正のゲインとヘッドルーム、アルバム正規化): https://support.spotify.com/us/artists/article/loudness-normalization/
どのサービスも公開していない事項。 Apple Music、YouTube Music、Amazon Music、TIDAL、Deezer について挙げた数値は、広く報告されている第三者の測定値である。一次出典を挙げていないのは存在しないからであり、これらのサービスは正規化仕様を公開していない。